インスタントコーヒーで立話

02

CORNEL FURNITURE 磯部 雄一 Yuichi Isobe

「Passion from UK?」

『tekuiji DESIGN』の新事務所で本棚の制作に携わった
『CORNEL FURNITURE(コーネルファニチャー)』。
磯部雄一さんが作る家具に星野が惹かれた理由は、磯部さんの意外な経歴に隠されていた?

ブリティッシュカルチャーは、果たして仕事の原点なのか?

星野磯部さんの作る家具は、僕の中で“クリーン”なイメージがあるけど、好きな音楽やファッション何かに影響を受けていたりする?
磯部影響を受けているかと言われると、受けていないと言い切れない気もするんですけど……。星野さんは、自分の好きな物がデザインにつながって
いるのが、すごく分かります。
星野よく言われる。イギリスが好きだし、音楽もロックが好きだし、そういった“クールでかっこいい”ものが、自分のデザインにもつながってる。
好きなものがデザインに影響しているね。磯部さんの場合は、ちょっと違うみたいだけど。
磯部ちょっとどころか、僕のつくる家具から受ける印象とは真逆です。僕が若い頃に傾倒していたのは、その当時としては斬新だったブリティッシュ
カルチャーでしたから。
星野意外! そのまま家具を作ったら、かなり個性的なものになりそうだね。
磯部そうでしょうね。好きだったものが直接影響してはいませんけど、若い頃の体験があって、いろいろな世界を知ったから思考が変化して、
今につながっているとは思います。イギリスに行って自分の世界の狭さを痛感しましたし、自分の思考や価値観・世界観がガラリと変わったことは
間違いありません。だから、間接的には影響していると言えるかもしれないですね。
星野家具から受ける印象もそうだけど、今の磯部さんの雰囲気とブリティッシュカルチャーって、全く結びつかないよね。
磯部僕もそう思います(笑)。けれど当時は、ブリティッシュカルチャーのやさぐれた感じがとにかく斬新に感じて、憧れていました。
星野当時、1990年代だよね。確か、オアシスとかが売れていたと思うけど。
磯部あとブラーとか、ブリットポップと呼ばれていたものですね。テクノやレイヴなんかが流行ったのもこの時代だったと思います。
音楽から一大ムーブメントがわき起こって、ファッションや芸術などのポップカルチャーも巻き込んで「クール・ブリタニア」なんて言葉も使われて。
とにかくイギリスはクールだと世界が認めていましたから。先進的なイギリスに行けば、何かが見つかると思っていました。
星野それでイギリスに行った。
磯部はい。高校を卒業してすぐ。何でしょう、若者の勢いってすごいですよね。自分で言うのも何ですけど。
今は、若気の至りとしか言えませんが(笑)。


さまざまな体験を経て思考が変化。人との出会いが変えてくれた世界観。

星野イギリスではどんな生活をしていたの?
磯部語学学校に通いました。あとは、ライブハウスやクラブに行ったり。憧れのブリティッシュカルチャーを思う存分堪能していましたね(笑)。
けれど、学校でも遊びでも、学ぶことは多かったです。特に、自分が井の中の蛙だったことを思い知らされ、世界観が変わったことは
大きな収穫だったと思います。人種や言葉の壁を超えた人とのつながりは、価値観というものがものの捉え方ひとつで広がり、変化して行くものなのだと知ることができました。
星野イギリスでは日本人より他国の人の方が多かった?
磯部そうですね。日本人も多かったですけど、いろいろな国の若者がいました。フランス、スペイン、ドイツなどヨーロパの人たちはやはり多く
いましたが、中東の国の人もいて、とにかくワールドワイドでした。イギリスの文化に触れることと同じくらい、いろいろな国の人たちと
触れ合うことは、すごく大切な時間だったように思います。
星野英語は苦労しなかった? 少しは話せたんだよね。
磯部イギリスに行くという目標があったので、高校では英語だけは頑張って勉強したつもりですが……いざイギリスに行って、当たり前ですけど
外国人ばかりの環境にすごく焦りました。初めの1週間はコミュニケーションをとるだけで疲れてしまって、ブリティッシュカルチャーどころじゃ
ありませんでしたね(笑)。けれど、ホストファミリーがすごく優しくて、最初の1週間を乗り切ることができました。
それからは、なんとか余裕もできて、英語でコミュニケーションを取るのにほぼ問題はなくなりました。
星野どのくらい、イギリスにいたの?
磯部1年半くらいです。ちょうどワールドカップ開催の年(1998年イングランド大会)で、学校の友人たちと観戦したのは、良い思い出ですね。
星野他に思い出は? イギリスは食事があまり美味しくないと聞くけど。
磯部今はそんなことはないんでしょうけど……。美味しくない、というより、労働階級の食事がイギリスの食文化の元になっているみたいで、芋や豆などが主の食事が多かったですし、味付けも塩などですごくシンプル。日本の食事がいかに美味しいか、日本の良さを見つめるきっかけにもなりましたね。
星野天気はどうだった? 雨が多いって印象があるけど。
磯部それが、天気のことはあまり覚えていなくて(笑)。
星野そうなんだ。僕もイギリスに憧れているんだけど、雨男で。イギリス好きだから雨男なんじゃないかと思うくらい。
ここぞってときは、必ず雨が降る。
磯部星野さんが雨男なんて、意外です。イギリスが好きなのは、何となく分かる気もしますけど。ヨーロッパ全般が好きなんじゃないですか?
星野イタリアに行ったときは、いろいろインスピレーションが沸いて、刺激になった。海外に行くと、感じるものがあるなと思う。
特にヨーロッパは、興味を惹かれるね。いろいろな国に行ってみたい。


一生の仕事になるものとの出会いは東京。「これだ!」と思えた。

星野それで、イギリスでやりたいことは見つかったの?
磯部それが、見つからなくて(笑)。
星野じゃあ、帰国してから家具職人の道を見つけたわけだ。
磯部そうなんですけど、帰国してから1年くらいは、まだブリティッシュカルチャーから抜け出せていなかったんですよ。
今はもう、そのお店はなくなってしまいましたけど、青山にある当時、テクノの最先端と言われていたクラブでバーテンダーをしていました。
しかも、ドレッドヘアーで(笑)。
星野ドレッド?!全く想像がつかない!でも、楽しんでいたんだね。
磯部楽しくはありましたけど、何かこう、しっくりきていなかったんですよ。好きなブリティッシュカルチャーの中に身を置いているはずなのに、
心の中では「これは自分のやりたいことじゃないな」と思っている自分がいたりして。そんなとき、求人情報誌に何気なく目をやったら、家具職人募集の広告が載っていて、ピンとくるものがありました。実は、クラブに勤めているとき、通りを挟んだ目の前に家具のショールームがあって、ディスプレーの世界観に興味を惹かれていたんです。元々、家具には興味があって、本を見たり、木にキリで穴を開けたりして、こまごまと何かを作っていたので。
そういうこともあって、その求人募集に飛びつきました。
星野運命を変えた一瞬だったんだ。
磯部そのときはまだ、運命を変えるかなんて分かりませんでしたけど、修行が始まってからは、すべてが面白くて楽しくて、家具の世界に
すぐのめり込みました。「これだ!」と、やっと自分のやりたいこと、一生の仕事になるものに出会えたと思いました。21歳のときです。
随分遠回りをした気もしますけど。
星野僕も遠回りをしたけど、デザインの仕事に出会って「これが一生の仕事になる」って、頭の中で叫んだのを覚えてる。
独立は、いつ頃から考えていた?
磯部高校の頃からです。
星野そんな時から?!僕はデザイン事務所に入ってからだから、磯部さんからしてみたら、随分遅いよね。すごい。
磯部高校の頃から、人と違うことがしたいという思いが強かったし、絶対に自分が好きなものを職にして独立したいと思っていました。
父親が自営業だったことも独立指向に拍車をかけた要因かもしれません。だから周りと違うものに憧れを抱いたのかもしれませんね。
それがブリティッシュカルチャーに傾倒するきっかけに なったのかも(笑)。


リスペクトし合う人たちと仕事をする楽しさ。
自分の感性を超える喜びをもっと味わいたい。

星野この前会ったとき、磯部君「自分のスタイルがよく分からない」って言ってたけど、こうやって話していると、
十分自分のスタイルが確立しているよね。
磯部そう言ってもらえると、うれしいです。自分のことだから、見えないのかもしれませんね。
星野さんや日内地さん(Coffee & Session 02『アパートメントストア』)を見ていると、お互いスタイルを持っていて、リスペクトし合って
仕事をしているのが分かります。すごく、うらやましいなと思っていました。星野さんは、自分のスタイルがどうあるべきかを分かっていて、
いろいろご要望を言ってくださいましたし、それで僕もイメージが広がりました。僕は家具デザイナーではなくて、家具職人。
設計士さんやデザイナーさんとの仕事では、僕の仕事は3割だと思っています。
7割の感性が僕の仕事を高めてくれる、そう思っています。
星野僕も、同じことを思っていて、自分一人では超えられないことも、プロフェッショナルと一緒に仕事をすることで、
想像を超えて行くことができる。これはまさに、テクイジデザインの根本で、WEBマガジン『Coffee & Session』のルーツでもあるんだよね。
磯部すごくいい言葉ですよね。僕も、いろいろな方と一緒に仕事をするのは、いろいろな感性と出会えてすごく楽しいです。
幸い、僕はリスペクトできる方々と一緒に面白い仕事をさせてもらっています。この環境をもっと生かせるように、職人としての腕を
磨いて行きたいです。イギリスに行って、人とのつながりの大切さを知りましたが、今、改めてその大切さを感じています。
そしてこれは、もしかしたら、イギリスに行かなければ僕の価値観や世界観が広がることなく、気がつけなかったかもしれないと思うと、
やっぱりイギリスでの1年半は、僕の人生になくてはならない時間だったと思います。
一生の仕事に出会え、今日も仕事ができていることに、感謝しています。



磯部 雄一
Yuichi Isobe
CORNEL FURNITURE代表/家具設計・制作
1979年生まれ 浜松市出身
ブリティッシュカルチャーに憧れ、高校卒業と同時に渡英。帰国後、東京で6年、イギリスで4年間、家具生活のキャリアを積み、2011年独立。見た目のバランス、美しさを意識しつつ、柔軟な発想で家具をカタチにする「CORNEL FURNITURE」をと名付ける。私達なりの発想で考(コウ)え、練(ネル)り上げたものを丁寧につくる、オーダー家具を制作している。