もきっかけにはあったけど、一番は、その先生が「人と触れ合う職業が向いてるんじゃないか。学校の先生もいいと思うよ」って言ってくれたことかな。その言葉がずっと心の中にあった。それで職業にするなら先生かなと、漠然と思うように。
星野その先生、すごいね。田中のコミュニケーション能力の高さを見抜いて、田中の人生に影響を与えたわけだから。先生になったいきさつは分かるけど、北海道に決めたのは何で?
田中「北海道に行きたい!」ってとこは、職業を決める前から自分の中で決まってた。幼い頃から北海道に住みたいと思ってたからね。でも仕事あるのかな?って(笑)。農業?漁業?・・・。とにかく仕事をどうするか考えなくちゃと思ったわけ。当たり前だけど仕事しなければ生活できないわけだし。そのとき、公務員だったら仕事があるんじゃないかって。そうやって考えたら、そういえば、小学校はどこにでもあるよな、なら俺がなりたい先生でいけるんじゃない?って(笑)。北海道が先にあって教員という職業が後からついてきたから、何か後出しみたいに思うかもしれないけど、本当に偶然、夢と希望が合致したから実現しただけ。俺的には、両方叶ってすごくラッキーだった。それで迷いなく北海道の大学進学を決めて、そのまま北海道で教員になったんだ。

星野 ネイチャーガイドという職業もそうだけど、お客さん1組との「貸し切り」を掲げているわけだから、人間関係の構築はすごく大事な要素だよね。
田中人間関係が上手く築けないと成功しない職業だと思うし、ある意味人と向き合う仕事。そこを上手くやれるかどうかは、コミュニケーション能力があるかないかってことになるのかもしれない。子どもたちを相手にしていた教員時代の経験が活かされてるなと、本当に思う。
星野田中は、高校のときから学校の先生になりたいと思ってた?
田中そう。大学も釧路の教育大だもん。漠然と、高1のときには考えてた。
星野きっかけは何?
田中中学校のときの担任がすごくいい先生で、その先生に対する憧れ